カテゴリ:ACと発達障害( 15 )

 

何を着るのか(1)

暑い...。

ので、少しでも爽やかなスキンにしたいんですが
前から言ってますがエキサイトってスキンがあまり...ですよね^^;
消去法でこれに変えてみましたが、いまいち気に入ってません。

って、長い間更新してない癖にね...!
自分で言ってておかしくなっちゃいます。

なんか物のデザインとかに妙なこだわりがあって
昔から、気に入るものが見つかるまで探し続けたり
売ってなければ自分で作ってしまったりということを良くやってました。

大人になってからは、なかなか時間が無かったり
経済的、能力的、体力的な問題によって
そういうこだわりを貫けないことが多いですが
なんだかいつもモヤモヤと「不本意なキモチ」を抱えているような気がします。

つづきはこちら。
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by susu_canta | 2011-06-22 22:46 | ACと発達障害  

ほんとの幸せ


ねえ、「へこたれてちゃダメ」って...誰が決めたんだろうね?

診察室から出ようと立ち上がった私に
H先生がつぶやくように投げかけたその言葉が、ずっと耳に残っていました。

帰り道、地下鉄の階段を下りながら なぜか 泣けて泣けて...。

ああそうだ...って。
頭では分かってたことだけど、急に答えが目の前に迫ってきた。

こんなに涙が出てしょうがないのは やっぱり私が軽度だから、なんだ。

つづき...
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by susu_canta | 2011-04-26 10:22 | ACと発達障害  

寝ても覚めても


前記事で、「疲れたら休むことが必要」
と書いておいて 自分で否定するようですが...。

ここまで体調が悪くなったら、休んでもあまり意味がありません。
積極的に体に働きかけなければいけない段階まで来ているなぁと感じます。


幼い頃から、私は寝ても疲れがとれません。
寝ないと回復できませんが、寝ている間は意識がなくなるので
意識の力で体を良い状態に保っておくことが出来ないのです。

起きていて、意識できる状態の時は
自分の姿勢や体バランスに非常に気を使っています。
体がこわばりやすいので、
力が入っていることに気づけば その部分を緩めますし
気が胸元まで上がってくれば、足もとまで下ろすように意識します。
また、何か作業しているとすぐに呼吸が止まってしまうので
息をとめないようにも注意します。

他にも色々ありますが、こうした様々な意識的な努力があって
なんとか日々のことをこなしています。

なので睡眠に入ってひとたび意識が薄れると、
それらを防ぐ手立てがなくて 一気に体が悪い状態に傾きます。

朝目覚めた時が一番辛いです。
体はこわばり、気が頭にのぼり、顔周り以外の感覚は無くなっています。
眠っている間は 上ずった浅い呼吸しかできていないので
寝れば寝るほど「寝疲れ」しています。

布団の中で、まずは足の感覚を呼び覚ますために細かく動かしたり
布団や毛布に擦りつけて感触を確かめます。
次に手を組んで手の感触を確かめます。
みぞおちやお腹の力を抜いて、息を足もとに向かって吐き
顔周りに溜まって澱んだ邪気を頭頂や眉間から吐き出して
頭の中の空気を入れ替えます。

これらが全て上手くいけば、
やっと自分の体をコントロールできる自信が戻ってきます。
そうなって初めて、起き上がることが出来ます。

けれどたいがいは半分もできればいい方で
調整に失敗して過呼吸ぎみになったり、
足の感覚が戻らないまま、無理矢理起き出すことがほとんどです。
そういう時は一日を通してバテやすいですね...。

そんな感じで、睡眠時間が短すぎても体が休まりませんが、
私の場合、たっぷり寝るのも良くないのです。
だいたい6時間ぐらいがちょうどいいようです。

自閉症スペクトラムで、
同じような感覚の方がいらっしゃたら教えてほしいです。
私の場合歳のせいではなく、幼児の頃からこうなので...。


ええと、なんだか最初に書きたかったことから脱線しちゃいました。

積極的に体に働きかけなければいけない段階、と書いたのは
昼間起きている間...つまり、意識があるうちに
エネルギーバランスを正す努力をしないと、
この目覚めの辛さがどんどんひどくなってしまうからなのです。

いつも寝る前には、布団の中で朝と同じことをします。
足の感覚を確かめ、手の感触を確かめ、体の各部位の力を抜き、
呼吸を整えてから寝ています。

それでも朝起きた時にはまたまた逆戻りなのですが
悪い循環に入ってしまうと、このギャップが日ごとに大きくなってしまうのです。

そうなると軽い調整では元に戻すことはできませんし
ちょっとやそっとの努力では気の崩れを直すことが難しくなってきます。

今、足のケガもあって体バランスの崩れが激しいので
自分の力で整えることが難しいな~と感じています。
あまり気がすすみませんが、セラピストの手を借りることが必要かも知れません。

つくづく厄介な体質ですが
この体と仲良くなると決めたので、なんとか頑張りたいです。
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by susu_canta | 2011-02-15 18:45 | ACと発達障害  

境界域の私


もう読んでる方もいないだろうなってぐらい放置してしまいました。

それでもまたこうして書きたくなるんだから、気まぐれなものです。

お陰様でここ数年、夫の仕事が忙しくて
それに伴って私もあれやこれやとサポートで余暇が少なくなり
また、他のことに興味関心を持つようになったりして
ゆっくり考え事をする時間が、めっきり減ってしまいました。

クリニックへの通院は、
最後の検査を終えて 次回の診断を待つところまで来ています。

感触として、自閉症スペクトラムのかなり軽度...
定型発達との境界線ぐらいに位置するのではと予想しています。
検査の結果を見てもそんな感じですし、私自身の実感も重なっています。

軽度だからこそ、行動や物事の捉え方をある程度修正して来られたと思います。
そして修正できてしまうことで、疲労をためやすくなったり、
心理的なストレスも負いやすいのだろうと感じています。

つづき...
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by susu_canta | 2010-08-01 02:45 | ACと発達障害  

子供時代


前回の記事、「純粋 と 天然」を書きながら気づきましたが
この二つは、良い意味にとろうと思えばとれる言葉ですね。

だから、まだマシなんだなぁと思いました。

何と比べてマシなのかと言えば...
“私が幼少の頃に受けていた、私の性格を評する言葉の数々”と比べて、です。

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by susu_canta | 2009-11-27 00:19 | ACと発達障害  

純粋 と 天然


9月の終わりから10月にかけては本当に忙しく、
精神的にも、プレッシャーがかかることの連続で...かなり大変でした。

特に、歌い手として関わらせて頂いた3回のライブでは
完全に能力以上のことを求められてしまい、テンパリ具合がハンパなかったです。
とにかく出来る限りのことをやり、努めて真摯にとりくみました。
依頼してくださった方の期待に応えられた気はしませんが
おかげ様で色々と素敵な出会いがあり、ものすごく勉強にもなりました。

別々のイベントで、打ち上げの際に言われた一言が
それぞれ なんとなくひっかかり、心に残っています。

一つは、昔からのフラメンコ友達に言われた言葉
「ススは純粋だよ。うん、純粋だと思う。」

もう一つは、同じく打ち上げの席で初対面の人に言われた言葉
「もしかしてかなり天然でしょ?」

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by susu_canta | 2009-11-25 02:00 | ACと発達障害  

Mさん(2)


Mさんに、今の私の状況を話してみました。

アンバランスな心と体を抱えて生まれてきたこと
今はそのマイナスの面が目についてしまっていること...。
まぁ、愚痴をこぼした訳です。

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by susu_canta | 2008-09-16 23:49 | ACと発達障害  

Mさん(1)


最近よくMさんに会います。


Mさんは、私が呼吸法を習っていた時の指導員の方で
私の体質を正確に理解してくださってるほとんど唯一の方で、
私にとっては、たくさんの大切なことを教えてくださった恩人です。

呼吸法の教室が近所にあるので
買い物に出たときなど、何ヶ月かに一度会うことがあり
その度に少しお話を聞いてもらったりしています。

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by susu_canta | 2008-09-16 15:31 | ACと発達障害  

取り返せないもの


ところで夫には、「私は発達障害かも」という話はしています。

ちょうど、前のブログでこのカテゴリについて書き始めた頃に
「あなたも私も、どうも軽い発達障害みたいだよ~。」と言って、
反応をうかがってみました。

夫は「へ~そうなの?」と、特に興味がありそうでもなく、
かといって特に無関心でも無いようで
ひととおり私の説明を聞いて納得していたようでした。

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by susu_canta | 2008-09-10 23:32 | ACと発達障害  

診断への思い


前回の記事で、私の偏った面について色々と羅列した。

今までの自分は、こういう偏りも普通のことだと思ってきた。
誰もが、多かれ少なかれそういう偏りを抱えてるんだろうと思っていたし
他の人の感覚は分からないので、他人と比べようもない。

でも、自分がアスペルガーだという前提に、仮にでも立ってみると
色々と思いは湧いてくるし、
今までの人生を振り返って ちょっと辛くなったりもする。

しかし、同時に救われる思いもする。

嘆くことができるなら、思いっきり嘆きたい。
そんな思いなのかも知れない。

障害を言い訳にできるなら、
それにすがりたいのかも知れない。

“救われる”と感じるのは、
私が意識の下では辛く苦しい思いをしていたことの証なのかもと思う。
自分が感じてきた生きづらさを、正当化してくれる“何か”を
ずっとずっと、求めてきたのかも知れない。

今は宙ぶらりんな立場なので、仮定でしか言えないが
もしも、自分に何らかの発達障害があるということになったら
私はどちらかというと嬉しいだろうと思う。

障害ゆえに、余計な絶望感を味わうことになるかも知れないし
一生に渡って厄介な問題がついてまわるかも知れない。
診断がおりたとして、それでメデタシメデタシといかないのは承知だ。
(だから苦しくないということではないが)

それでも私は、自分を解明する材料を与えてくれた
運命と神様に感謝するだろうと思う。

アスペルガーの成人当事者の発言を目にしていると
「診断がおりて救われた」という人が多い。

私も、自分がそうではないかという可能性を感じたとき
全くショックは無く、むしろ
“そうだったら全て合点がいく”という思いが溢れ
目の前に初めての景色が広がった気がした。

この数ヶ月の間に、心は揺れ、少しずつ変化している。
早く真実を知りたいという思いに加え、
今の私は、「障害ではない」と言われることの方を恐れている。
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by susu_canta | 2008-08-01 20:43 | ACと発達障害